Interview vol.11
坂井利彰×竹下雄真

Never Too Late!
日々の葛藤の中から、
変化への対応力はついていく

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坂井利彰(さかい・としあき):1974年4月9日生まれ。東京都出身。高校時代はUnder18日本代表、高校日本代表に選ばれる。大学時代は全日本学生単優勝を果たし、ユニバーシアード日本代表、ナショナルメンバーにも選出。プロ転向後は世界26カ国をツアー転戦。世界ランク最高位468位、日本ランク最高位7位。引退後は、慶應義塾大学テニス部監督に就任。ATP(世界男子プロツアー協会)公認プロフェッショナルコーチ。日本テニス協会公認S級エリートコーチ。日本体育協会公認上級コーチ。慶應義塾大学テニス部は、団体戦で平成22年度関東大学テニスリーグ第3位、平成21年度全日本大学対抗テニス王座決定試合準優勝、平成21年度関東大学テニスリーグ準優勝。個人戦では、平成23年度関東学生テニス選手権ダブルス準優勝、平成22年度関東学生テニストーナメントシングルス・ダブルス準優勝、平成21年度インカレインドアダブルス優勝という戦績を残す。

――― お二人の出会いのきっかけは?

坂井利彰監督(以下:坂井):
とある講演会が開催され、出席した際にエレベータの中で、偶然お会いしたのが初めてですね。すごくガタイのいい方だなというのが第一印象でした(笑)

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竹下雄真(以下:竹下):
慶應大のテニス部の監督といったら、やっぱり格式が高いというか、そういう方だと想像していました。実際には本当にきさくで爽やかな方。学校の部活の監督さんというと、僕も部活に入っていたので、そういうイメージがわかなくて(笑)。僕にはない、スマートさがとても素敵に思いました

坂井:
ありがとうございます。その後、ご縁あって、うちの学生2人のトレーニングをデポルターレクラブで見ていただくようになりました。竹下さんは会員さんのトレーニングの向上だけではなく、トップアスリートに対する意識も本当に強くて、ただトレーニングを見るだけではなくて、良くしていきたいと考えてくださっていると伺ったのが、僕はすごく印象的でした。この人は本当に勝負している人なんだなと感じました(笑)

――― 一度はテニスを辞めて会社員となっていた坂井さん。プロテニスプレーヤーに転向したきっかけは?

坂井:
プロになったのは、28歳。すごく遅かったんですね。22歳の時に、ナショナルチームのメンバーに入れていただいて、インカレでも優勝して、プロからの誘いも受けたのですけれども、この世界で絶対にやっていくんだ!という覚悟が決まらず、そのまま銀行に就職しました。ちょうどその大学4年の時に、スイスの大会に遠征に行って。当時、僕はまだ22歳で、15歳のフェデラーと練習する機会がありました。その時、15歳のフェデラーを見て、「こういう若手がいるんだったら、やっぱりこの世界でやっていくには、ちょっときついな」と感じてしまったんですね。自分がプロになったとして、国内トップに立つ可能性はあったと思うんです。でも、フェデラーを見て、自分が世界のトップ100に入って、ウィンブルドンに出てという姿を想像できなかったんです。それまで世界を見ずに大学生まで来てしまったので、踏み出す勇気を失ってしまったんです。ちょうど、就職して3年経った頃、朝、会社に行く時に新聞を読んでいて、僕が一緒に戦っていたライバルがウィンブルドンに出ている中、フェデラーがどんどん上がっていき、まさか1位になるとは思っていなくて。あの当時は、15歳の若さなのに、すごい選手だとしか思っていなかったのに、実は彼は世界No.1になる階段をのぼっていたということに気づいた時、本当のエリートの選手は、世界ツアーの選手であっても、早熟型と、晩成型の選手に分かれるんだとわかりました。僕は、早熟型の選手にはなれないけれど、晩成型の選手になら、なれるかもしれないと。そしてプロとしてテニスの世界に戻りました

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――― ポイントある進化が、トレンドやブームに惑わされない、強い自分を作る

坂井:
ウィンブルドンに出るような外国の選手は、皆、大柄です。日本人の体格差を急に変えろと言われても、どうにもならないですし。テニスでは身長が高ければ有利ではありますが、たとえ小柄な選手であっても、コツコツ地道にやっていけば、いい結果はついてきます。テニスは、1週間たまたま調子が良くて、結果が出ればいいという競技じゃなく、年間20から30週、コンスタントに結果を出し続けられる選手が勝ち上がっていきます。そういうメンタルの強さが本当に重要になってくるんです。試合は世界各国で開催されるので、時差があったり、気候が急激に変化したり、色々あります。そういう中でも言い訳しないで戦える選手というのが、やっぱり勝ち上がっていく選手になりますね。クルム伊達公子選手はその能力がやっぱり高い。メンタルの強さとトレーニングに対する探究心は、本当に尊敬に値します。今の自分に何が必要か、どういうトレーニングがマッチするか、本当によく自分のことを理解している。やっぱり、そういうメンタルとフィジカルに対する意識っていうものは、絶対必要だと思いますね。そのメンタルの部分を鍛えながら、フィジカルを鍛えていくことが重要。メンタルとフィジカルの強さのバランスがとれて、初めてテクニックを支えられるようになるので、やっぱり、フィジカルの強さをより一層追求しなければならないですね。各国のテニス協会では、できるだけ大柄で、さらにアメフト選手のような筋力やスピードのある選手を積極的にスカウトして、強化選手に入れる傾向に変化してきています。だからこそ、フィジカルの準備は、それこそ晩成型の選手であっても、ある程度早い時期からやっていかないと、厳しいなとは感じています

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竹下:
トレーニングっていうのは、あくまで技術を向上させるための一つのアイテムだと思っていて、一番大事なのは試合であり、練習であり、その技術パフォーマンスなんです。そこをいかに良い状態に保てるかということが重要ですね。トレーナーとクライアントという関係を考えると、トレーナーの作ったトレーニングメニューをクライアントは受けとり、それをこなす、というイメージが強いですが、本当は、選手自身が自分の変化に気付き、どんどん要望をトレーナーに伝えられる関係性が一番だと思っています。例えば、試合後半でパワー負けして、ラケットにうまく力が伝わらなくなってしまうとか、積極的に状況を話してもらいたいんですよね。トレーナーはそれに対して、逐次メニューを細かく変更して、対応することができるようになるし。ただ、こういう質の高い会話や行動、アクションができるような人は、日本のプロ選手でもほんの一握り。海外のプロ選手なんかは、自分の欲しい物にもっと貪欲で、ピンポイントに要望を伝えてきますよ。日本の選手も、もっと貪欲に自分の要望を伝えられるようになれば、世界でも活躍の場も増えるんじゃないかな

坂井:
おっしゃる通りで、与えられたことをやるだけじゃなくて、与えられること以上のモノを、どうやって引き出していくか、ということが重要。その+αを引き出せるか、ということが他の選手との差別化や、応援される力につながると思います。常に自分自身の状態を、トレーナーにアップデートして、一緒に考えてもらう。「こいつのこと応援してあげたい」と思ってもらえるような能力って、やっぱりトップを行く選手は絶対持っているものですよね。言葉ではなかなか表現しづらいものだけれども

竹下:
僕らも選手の要望に対して、常にハイレベルで応えられる状態でいなければならないです。やはり選手が自分の競技に対して前向きに、ひたむきに突き進んでいれば、僕らも応援したくなりますよね。常にその選手にとってベストなパーソナルメニューを提供したい、そういう想いは自然と強くなります

坂井:
その気持ちと気持ちのぶつかり合いというか、その中で生まれてくるモノがないとやっぱりね。こうやったから強くなるというマニュアルは絶対ないと思うんで。どう化学反応をさせるか、そこでどうやって引き出せるか、そこは選手の力だと思うんですよね

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――― 日々の葛藤の中から、変化への対応力はついてくる

坂井:
海外はシステムとしての基盤がしっかりしています。日本もしっかりしてきているのですが、それよりも魂のこもった選手をどれだけ輩出できるか、ということが求められています。なかなか表面に現れてこない選手は、日々葛藤をしている中で、成長を続けています。やっぱり、日々の葛藤が結果的に変化を生むと思うんですね。決まったメニューがあって、システムがあって、それに乗ったから強くなる訳じゃないんです。選手自身が、日々、模索して積み重ねたからこそ、表に出てこられる、強くなれるんだということを、指導者も選手も、選手を支援する親御さんもファンも、その裏側をきちんと理解していかないといけない。その理解の先に、本当のテニスに対する理解が、さらにはスポーツに対する理解が生まれて、本当の意味で、魂のこもった選手が生まれてくることにつながるのだと思います

竹下:
やっぱり、選手がこなし始めると成長は止まりますね。今、坂井監督がおっしゃったように、システムの内側にこもっていると、環境は変わらないわけだから、変化はしないですよね。シュワルツネッガーは、我々の世界では神様のような存在なんですけれど、ある時、「バーベルを10回上げる時、何回目が一番大事ですか?」という質問を受け、「12回目」と答えたそうです。坂井監督の教え子の西本選手がロシアに遠征に行く時、彼女から「ロシアでもトレーニングをしたいので、メニューください」って言われたんですね。この発言こそが、「12回目」だと思うんですよ。こういうことが成長につながるし、テニスコートに立ったときの自信にもつながると思います

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坂井:
よく、「自信を持て」というじゃないですか。でも、自信は言われて持てるものではなくて、日々の生活の中の積み重ねで自然とついてくるもの。どんなトップ選手でも形だけのチームで試合に臨もうと思っても、やっぱり結果は出せないものです。「トップを目指す」という共通の目標を持った者同士が集まり、互いに信頼しながら、常に高い目標意識をもって挑むからこそ、本当に誰もが想像もしなかった結果が出ると思うし、それこそ、変化にも対応できると思う。そういうチームがあって、初めて、自信が湧いてくるんだと思います。人と違うアウトプットというか、目指していける人間じゃないと、スポーツでも社会でも、声がかからないだろうと思うし、相手にされないと思うんですよね。指導している彼らには、テニスを通して、いずれ引退した後にもそういう人間になって、活躍して欲しいと思っています

――― 最後に、お互いに一言

竹下:
坂井監督は色々な経験をされていますが、そういう方がテニス界を引っ張っていくということは、すごく大事だと思います。そういう経験をされたからこそ、色々なことがわかる。その経験を活かして、テニス界を、ひいてはスポーツ界をいい方向に牽引していって欲しいと思いますね。あとは、個人的なことをいうのであれば、僕の息子もテニスを始めたので、いつか、坂井監督のもとでいい選手に育てていただけたらなと(笑)

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坂井:
竹下さんは、本当に芯がある中で、好奇心と探究心を持って、常に進化されている方だなと思います。トレーニング方法にしても、流行モノではない、原点を教えてもらえたり、刺激してもらえています。そういう意味で、進化と原点というものを両方併せ持った部分があって、そこが魅力の一つだと思いますね。今後もそういう部分を磨き続けて、色々な分野の方を束ねるという接点を持つ方でいて欲しい、そういう存在でいて欲しいと思います。そしてテニス界とも接点を持ち続けていただきたいと強く願っています。

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Location: 慶應義塾大学 日吉キャンパスAugust 2013
Photo: Takeshi Ijima